いち早い建替え成功のカギは
被災後の「初動対応」にあり

被災マンション建替え第1号
「上熊本ハイツ」

 2016年4月、14日と16日の2回にわたり最大震度7を観測した熊本地震の被害は甚大なものでした。熊本市内の分譲マンション722棟の約3割に当たる231棟も被災し(注1)、その内の19棟が市から「全壊」の罹災証明を取得。この全壊19棟の中の5棟が熊本市西区に位置する「上熊本ハイツ」です。
 上熊本ハイツは1980年に熊本県住宅供給公社によって分譲された5棟100戸(区分所有者98名)の団地です。分譲当初から恵まれた立地と環境で人気の高い物件でしたが、地震当時は既に築37年。旧耐震構造(注2)でエレベーターもなく、区分所有者も60代~70代が中心となっていました。
 16日の本震(西区では震度6強を観測)時には住民全員が隣接する県立総合体育館に避難。住戸内に残っている高齢者がいないかなど、住民同士が声をかけて回ったといいます。被害状況は、基礎杭の破損と液状化により建物が沈下し、4号棟が南へ30㎝、3号棟が南へ7㎝傾斜。外観上は問題がないように見えた1・2・5号棟も含め、全棟で給排水設備が破損してしまいました。
 こうした困難な状況に直面しながら、上熊本ハイツは地震からわずか1年半で建替え決議を成立させ、2020年7月には新マンション「アトラス上熊本」が竣工、熊本地震の被災マンション建替え第1号となりました。異例のスピードで建替えが実現できた理由について「上熊本ハイツマンション建替組合」の理事の皆さまに伺いました。
(注1)(株)東京カンテイ「2016年熊本地震分譲マンション被害状況報告」より (注2)旧耐震基準によって建てられた構造体。旧耐震基準は1950年に施行され1981年5月末までの建築確認において適用された耐震基準で、震度5程度の地震で崩壊・倒壊しないことを基準としており、それ以上の地震についての規定はなかった。これに対し1981年6月以降に適用されている新耐震基準は、震度6強~7程度の地震で崩壊・倒壊しないレベルの耐震性に強化された。

被災後の様子

破断した貯水槽

円滑なコミュニティのおかげで
本震1週間後に「総会」を開催

 上熊本ハイツでは、被災約1週間後に「総会」を開催し、緊急対応を理事会に一任することを決定、その2週間後には「復興特別委員会」を立ち上げています。非常事態の中でのこの素早い行動力には驚くばかりです。
 「毎年4月下旬に行っていた総会への出席を促す連絡を、既に各戸に回していたのが幸いでした。体育館の会議室を借りて開催したのですが、皆さん不安だからこそ出席者も多かった。それがスピーディーな初動対応につながる第一歩でしたね」(上熊本ハイツマンション建替組合理事長・福田司明氏)
 同ハイツでは分譲当時から区分所有者による自主管理を継続し(地震の数年前より会計事務のみ一部委託)、大規模修繕なども計画的に実施。理事は階段ごとの輪番制で(自然派生的なルールで高齢者は担当免除に)住民同士がよく顔を合わせることからコミュニケーションが円滑で、子供会や老人会などの活動を通じて地域コミュニティも形成されていました。
 「総会の頃には体育館を退出した住民もいましたが、うちは連絡系統がしっかりしていて、誰がどこに避難しているかが把握できていました。自ら掲示板に連絡先を残してくれた人もいましたよ。だから総会が開けたし、住民全員が理事の大変さを共有し、信頼していたから『緊急対応は理事会に一任』という決断もできたのだと思います」(同組合広報理事・富田公子氏)
 初動期において「住民同士のつながり」がいかに大きな力を発揮したかが理解できます。

上熊本ハイツマンション建替組合の皆さま
写真左から理事長・福田司明氏、副理事長・武藤欣彌氏、広報理事・富田公子氏、広報理事・中村孝文氏、広報理事・立川聡子氏

初動期にプロに相談
参画を依頼したのも成功のポイント

 「建築関係者の住民の一人が、すぐに地元のコンサルタントA社さんに相談してくれたのもポイントでしたね。A社は目視調査の結果『液状化が起きているから建替えるしかない』と思ったらしく、九州でマンション建替えコンサルタント第一人者のB社さんと、マンション建替え事業に多数の参加実績がある旭化成不動産レジデンスさんに声をかけてくれました」(福田氏)
 私たち旭化成不動産レジデンスは早速現地入りし5月3日の理事会に参加。「復興特別委員会」から、A社・B社と共にアドバイザーとしての参画を依頼され、快諾しました。
 「 早期にプロに入ってもらうことで、再建に対する自分たちの指針が決まるのではという期待はありました。一方で『そうした外部の人たちを信用していいのか』と不安を口にする人がいたのも事実です」(富田氏)
 修繕か建替えか、いずれを選択するにしても団地の将来は区分所有者の決議で決めなければならず、その「合意形成」がネックとなることが多いのが現実です。まして震災によって突然辛い現実を強いられた状況です。さまざまな不安が表出するのも当然のことだったのでしょう。
 しかも建替えを選択した場合、5棟で98人という大勢の区分所有者の合意形成を進めなければなりません。また、公費解体(解体費用を行政が負担する制度)を最大限に活用するには、2017年10月4日の締め切りまでに、市から全棟全壊の罹災証明を受けた上に建替え決議を成立させ、区分所有者全員が解体に合意しなければならないなど、幾重もの難題が横たわっていました。
 しかし当社では、この復興事業に積極的に参加することを決断しました。スケジュールもタイトな難易度の高い案件ではありましたが、震災マンション建替えによる復興支援や社会的意義を考慮し、また建替えをいち早く実現できるのは当社しかないだろうという自負もあったからです。
 当社は、権利者さまとの共同事業に特化した分譲事業を行っている企業です。マンション建替え実績数もトップクラスで、その豊富な実績から得たノウハウを「マンション建替え研究所」に蓄積し、建替えを検討する管理組合に広く情報を発信し、支援しています。そのノウハウをぜひ復興に活かしたいと考えました。この数年前から稼働していた福岡事務所において、まずは修繕の見積もりや建替える場合の事業計画を立てるなど、理事会や復興特別委員会の皆さまが早急に検討・議論ができるよう準備にかかりました。

地震による液状化で、地盤沈下が発生

随所に見られる地割れの跡

地中の杭を調査した結果
「建替え」を検討することに

 アドバイザー3社の役割は多岐にわたります。そこで、3社で密に打ち合わせを重ねながら役割分担を決め、同時進行的に作業を進めながら、理事会と復興特別委員会のサポートに動き出しました。
 「最初に取り組んだのは被災状況の把握でした。熊本市からは『液状化現象により基礎部分が破壊されているため全棟全壊』との罹災証明が出ていましたが、1・2・5号棟は外見上問題がないため『修繕で再建できるはず』という区分所有者もいました。そこで、その可能性を判断するために杭の掘り出し調査を実施しました」(同組合広報理事・中村孝文氏)
 結論から言えば、傾斜の小さい3号棟の杭でも「杭が圧壊されており、建物は必要な耐力を有していない」ことが判明。また、1・2・5号棟の杭についても亀裂が発見され、強度不足と判断されました。その結果、修繕には膨大な費用がかかることがわかり、「現実的ではない」との見方が大勢を占めました。
 そこで次なる段階として「建替え」の可能性の検討に入りました。
 「当初は工事に何十億円かかるとか、自己負担が幾らになるとか、何を聞いてもちんぷんかんぷんでした。理事会や委員会が中心になって勉強し、『マンション建替法(注3)による建替え』を理解するまでが本当に大変でしたね。ただ、そこを乗り越えてからは気持ちが前向きになりました」(富田氏)
 「修繕と建替えの費用を具体的な数字で比較できたことで納得する人が増え、建替えの機運が高まっていきました。公費解体が期限付き(17年10月4日)だったのも建替えへのモチベーションを高めたと思います。それまでに建替え決議を成立させないと、各世帯の負担がさらに増えるわけですから」(同組合広報理事・立川聡子氏)
 この間、アドバイザー3社は積極的に個別面談などを開催し、個々の区分所有者の不安の解消に努めた結果、16年12月23日の臨時総会で98%の圧倒的多数で「建替え推進決議」が成立。コンペを経て、翌17年1月29日の総会で改めて旭化成不動産レジデンスが事業協力者に選定され、A社とB社が建替えアドバイザーに選ばれました。
(注3)マンションの建替え等の円滑化に関する法律

調査時の3号棟の杭の様子

杭が損傷し、傾斜した建物

被災からわずか約1年半で
「建替え決議」が成立

 そして17年9月24日、97%の賛成で「建替え決議」が成立しました。被災からわずか約1年半という異例のスピードでした。さらに、翌18年1月21日には区分所有者が主体となって事業を行うための「マンション建替組合」の設立総会と記者発表会を開催。熊本地震で被災したマンション建替えの初事例ということで、九州地区内の各局各紙で復興を加速する明るいニュースとして取り上げられました。
 「マンション建替組合による事業ですが、私たちが自力で新しいマンションを建てようとしても無理な話です。プロデューサーがいなくてはできないことで、それを今回は旭化成不動産レジデンスさんが引き受けてくれ、建替えアドバイザー2社も尽力してくれました。また、区分所有者自身も熱心でした。傍聴可にした委員会には毎回50人近くが参加してくれたので、皆さんの反応を見ながらコトを進められました。だから決議では、毎回98%程度という圧倒的多数の人が賛成してくれたのだと思います」(福田氏)
 「区分所有者の中に建築関係など、さまざまな分野の専門家がいることを理事会が把握していたこともスピーディーな対応につながったと思います。建替えでは専門的な言葉がたくさん出てきますが、団地内に専門分野の人がいれば尋ねられるし教えてくれる。また、うちの場合は、知識のある人が自主的に動いてくれる雰囲気が醸成されていました。だからうまくいったのだと思います」(同組合副理事長・武藤欣彌氏)

区分所有者の決断

区分所有者が一致団結して
補助金その他の獲得に尽力

 建替えに向かう流れの一方で、委員会のメンバーは「優良建築物等整備事業補助金」などの獲得にも積極的に動いていました。建替えアドバイザーや旭化成不動産レジデンスの協力も受けながら、委員会の3役が市議や市長、県議の下に何度も足を運んで陳情するなど、自分たちで汗を流したといいます。上熊本ハイツの底力は、この区分所有者の団結力にあります。この力は、加入していた地震保険の被害判定を覆す際にも発揮されました。
 行政の全棟全壊の罹災証明がある上に、先の杭の掘り出し調査で結果が出ているにもかかわらず、加入していた地震保険では当初「4号棟のみ全損で保険金額の100%、3号棟は一部損で保険金額の5%の支払い、1・2・5号棟は被害軽微のため保険金支払いはゼロ」との判断が出されました。これに納得のいかない理事会と委員会は一致団結して粘り強く交渉と陳情を繰り返しました。
 「当初の保険会社の判断では、建物(地上部分)が壊れていないと保険金が出なかったんです。でも現実的に杭が破損していて住めないのだからという論理で攻めたのですが、『前例がないからダメだ』と。地震保険は国が責任を担保する保険ですから、国を相手に喧嘩しているようなものですよね。私も陳情に出向きましたが、2回3回と断られ、心が折れそうになりました」(福田氏)
 「私たちも黙っていられなくて、50人くらいで保険会社に団体交渉に行きました。『なんとかお願いします』と、とにかく誠意を見てもらいました」(富田氏)
 結果的には、改めて技術者にFEM解析(杭の強度について、実際に類似の建物でどんな負荷がかかったらどうなったかを解析したもの)の膨大な資料をご用意いただき保険会社に示したところ、ようやく全損と認定されました。5棟全棟に対し保険金の100%が支払われたわけですから、これは大きな出来事でした。
 ちなみに、地震保険の保険金は管理組合の財産であり、建替えの事業費には組み込まれません。しかし後に支払われる保険金で区分所有者それぞれが自己負担額の一部を補填できるという意味で、区分所有者全員で勝ち得た大きな収穫だったと言えるでしょう。

7割の区分所有者が再取得した
災害に強いアトラス上熊本

 上熊本ハイツは2020年7月、地上14階建て1棟184戸の「アトラス上熊本」として再生しました。そのコンセプトは、災害に強いマンション。防災井戸やマンホールトイレ、かまどベンチ、災害用浄水器、バルーン照明器などを装備しています。また、全戸南向きでガラス手すりを採用したバルコニーにより明るい住まいを実現。敷地西側の通り沿いには緑地帯「結(ゆい)の杜」が造られ、地域と人と自然を結ぶきっかけとなるランドスケープを設けています。
 今回の建替え事業では、7割の区分所有者が再建マンションを再取得しました。しかも、その中の3割の方が住宅金融支援機構の「高齢者向け返済特例制度」を利用しているのが特徴です。通常の建替え事業では、高齢者は転出補償金を受け取り別の中古マンションを購入するケースも多く見られます。
 「再取得者が多いのは、コミュニティへの愛着が強いからだと思います。高齢者にとっても、新しい場所で暮らすより、戻ってくれば知った顔がいるのは心強いと思いますね。新マンションの住み心地もいいですよ。気密性や断熱性が高いから最上階でも暑くないし、ドアも油圧式で静かだし」(福田氏)
 「セキュリティがしっかりしていますね。娘は宅配ボックスがすごく便利だと喜んでいます」(立川氏)
 昨今、日本では地震や豪雨などの災害が頻発しています。万一、自分のマンションが被災してしまった場合に備え、何を心掛けておけばいいのかを最後に伺いました。
 「緊急事態では日頃の人間関係がものを言います。今からでもいいから仲良くしたり、つながりを持てるといいですね。それと、早い段階からアドバイザーなどプロの意見を取り入れることも大切です。スピーディーにコトを進めないと、実現できることも実現できなくなってしまうと思います」(武藤氏)
 「やはり絆や人間関係が大事ですよね。私たちは何度も理事を経験していましたから、他の区分所有者に対する自分の責任を自覚していた点も大きかったと思います」(立川氏)

再生を遂げたアトラス上熊本