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プロが語るお役立ち記事

旭化成専属獣医師の私「佐々木亜子」がペットに関する疑問や相談をその道のプロに直接聞きに行く訪問対談企画「プロの考え、プロのこだわり。」ペットに関する素朴な疑問や役に立つ情報を、獣医師としての視点を交え専門家の先生にお伺いします。

第6回目となる今回は、東京都大田区で老犬・老猫ホームを経営されている渡部帝さんと、人とペットの老々介護や施設のこだわりなどについて、様々なお話をさせていただきました。

第6回 老犬・老猫ホーム経営 渡部帝さん × 獣医師 佐々木亜子

テーマ『老犬・老猫ホーム』

佐々木
渡部さんは、もともとペット関係のお仕事をされていたのですか。
渡部
いいえ、今の仕事をする前は工務店を営んでいました。
ペットは好きで犬をずっと飼っていたのですが、ペット関係の仕事をするのはこの施設が初めてです。
佐々木
そうだったのですね。
老犬・老猫ホームを作ろうと思ったきっかけは何だったのですか。
渡部
東日本大震災が起こったとき、被災犬のことを考えたことがきっかけです。
ペットを飼う時、もちろん皆様『終生飼養』するつもりで迎えていると思います。でも、町ごと避難区域になったり、避難所に連れていけなかったりすると、不可抗力的に飼育困難になってしまいます。
運よく里親が見つかったとしても、自分の責任下を離れてしまいますし、その後どのように生活しているか、なかなかわかりません。
そこで、人間の老人ホームのような仕組みがあったら良いのではと考えました。
佐々木
譲渡するのではなく、預ける、というシステムですね。
渡部
そうです。老人ホームのように預かり費用を支払って入居させる、という形にすれば、飼い主さんとペットの絆は切れません。ですから、こちらの施設では面会も自由にしていただいていますし、飼い主さんが引き取れる状況になったらいつでもお返ししています。
佐々木
なるほど。実際に開業されてから色々なペットを預かっていると思いますが、飼育困難になる理由は、どのようなものが多いでしょうか。
渡部
猫の場合はほぼすべてが飼い主に起因する理由で、犬の場合は飼い主に起因する理由が7割、犬に起因する理由が3割くらいです。
犬側の理由で一番多いのは「介護」ですね。認知症になって夜鳴きするようになってしまって、集合住宅で飼えなくなるケースや、留守時間が長くて介護ができないケースなどがあります。特に寝たきりになってしまうと、床ずれにならないようにつきっきりになる必要があるので、愛情があるからこそ、こちらに預ける飼い主さんもいらっしゃいます。
佐々木
人間側の理由としてはどのようなことがありますか。
渡部
一番の理由は、「飼い主の高齢化」ですね。猫も犬も今は室内飼いがメインですし、何かあればすぐに病院へ行ってケアしてもらえるので、以前よりも寿命が長くなりました。10年、15年とペットが生きている間に、飼い主が病気になってしまったり、施設に入ってしまったり、亡くなってしまったりして、飼育困難になるケースが多いです。
佐々木
最近ではペットと人の老々介護も問題になっていますね。
渡部
そうですね。そのほかの理由としては、転勤や結婚・離婚でペットが飼えない環境になってしまったり、お子さんがアレルギー体質で飼えなかったり、長期入院することになってしまったということがあります。
佐々木
でもそうやって飼育困難になったときに、こういう施設に預けるということは、それだけ深い愛情や責任感があるということですね。
佐々木
ところで、こちらを開業する際に色々とお勉強されたそうですね。
渡部
夫婦で色々と猛勉強しました。ただ当初から、医療には手を出さない、という線引きはしていました。
勉強すればするほど、症状からこの病気かな、とある程度判断はつくようになりますが、素人判断に過ぎず、預かっているペットに対して無責任になってしまいます。
そこで、私たちはいくつかの動物病院と提携して、何かあればすぐに駆け込んだりセカンドオピニオンを求められるようにしています。

皮下補液のようなケアは獣医師の指示のもと、施設のスタッフが行ってくれるそうです。

佐々木
病院にも連れて行ってくれるのですね。
渡部
受診費用は飼い主さんの負担になるので、基本的には飼い主さんに症状を一度お伝えしてから連れて行きます。
病院から指示された投薬や治療、通院については、できる限り対応するようにしていて、今預かっているヘルニアの子も定期的にハリ治療に連れて行っています。
そのかいあって、預かり当初は全然立てなかったのですが、今は時々立てるようになりました。今後普通に歩けるようになって、飼い主さんが安心して留守番させられるようになったら、おうちに戻ることができると思います。

ヘルニアで後肢麻痺のあるわんちゃん。4本足で短時間立つことができていました。

佐々木
ところで、ペットがシニアになったとき、普段の生活で気を付けるべきことは何でしょうか。
渡部
健康寿命を延ばすためには、甘やかさないことが大切だと考えています。そのためにも、自分の足で運動させることを心掛けてほしいです。
散歩は脳への刺激になるので、その子のペースで良いので、なるべく多く外へ連れて行ってほしいですし、その機会を飼い主の都合で減らしてほしくないと思います。
佐々木
ちょっと歩かないからといってすぐに抱っこしたりせず、ゆっくりでも歩かせてあげると良いですよね。
自宅でもフローリングのままでは歩きづらくなってしまうので、健康寿命を延ばすためには床材をしっかりと考えてあげることが大事ですね。
渡部
その通りです。こちらのホームを作るときも、床材にはかなりこだわりました。防汚性と防滑性を兼ね備えて、かつ弾力性のある床材が理想的なのですが、なかなか難しく苦労しました。

個室も広めにすることで、プライベートスペースをしっかりと確保しているそうです

佐々木
猫の場合はいかがですか。
渡部
猫は基本的に健康寿命が長いと思っていますが、上下運動をさせることがとても大切なので、個室も高さをしっかりと確保することを心がけています。

高さのある猫用の個室

フリースペースにもキャットタワーを設置して上下運動を促しています

佐々木
預かっているペットが弱ってきたとき、どの程度までケアされるのですか。
渡部
私たちはあくまでもペットを“お預かりしている”立場なので、基本的には飼い主さんとの話し合いで、どこまでお手伝いするかを決めています。
自分でうまく食べられなくても、流動食を舌の上に乗せたときに飲み込んでくれる場合は、まだ生きようとしているサインだと思いますし、私たちも根気よくその子のペースに合わせて食べさせてあげています。

認知症の症状のあるねこちゃん

佐々木
飼い主さんとしっかりと情報を共有して方向性を決めていくことが大切ですね。こちらの施設で看取ることもあるのですか。
渡部
そうですね。老衰で亡くなる子が多いです。たいていの場合は、亡くなる前に予兆が出るので、私やスタッフが看取りに立ち会っています。
佐々木
最後に、ペットを飼っている方やこれから飼おうとしている方に伝えたいことは何ですか。
渡部
万が一飼えなくなった時の対策を考えてほしいと思います。できれば身内に里親になってもらうのが良いと思いますが、それが難しいのであれば事前に老犬・老猫ホームの利用も検討いただければと思います。
ただ、施設によっては“預かり”ではなく“譲渡”のような形で引き取るところもあるので、なるべく事前に施設を見学して、自分の愛犬・愛猫がどのような生活を送るのかイメージしておくことをおすすめします。でもそのような施設を利用するにはそれなりの費用がかかるので、飼育計画を立てるときに、そういう費用の積み立てをしておくことも、ペットを飼う上で大切なことの一つだと思います。